2026年7月の本
1.「世界秩序が変わる時 新自由主義からのゲームチェンジ」 齋藤ジン著 文春新書

世界で起きていることが、どうにも理解しにくくなっている。
トランプ現象、ブレグジット、米中対立、ウクライナ戦争、経済安全保障、そして各国で進む産業政策への回帰。一つひとつを追いかけていると、世界が気まぐれに動いているようにも見える。 本書は、これらを「新自由主義からのレジームチェンジ」という一本の線で捉える。
数年前まで世界の主流だったのは、小さな政府、市場原理、ルールベースの通商を重視する新自由主義的な世界観である。国境を越えてマネーやモノが効率的に動けば、ビジネスコストは低下し、インフレも起きにくくなる。いわゆる「グレート・モデレーション」の時代である。社会運動の形も、1960~70年代の公民権運動に代表される組織的な運動から、1990年代以降は、個人が緩やかにつながるネットワーク型の運動が力を持つようになった。政治、経済だけでなく、社会運動も一緒に変化するという指摘は先月の「上昇」でも指摘されていて興味深い。
しかし、新自由主義とグローバリゼーションが世界を席巻するスピードは、あまりにも速かった。その変化についていけず、恩恵から取り残された人々が大量に生まれた。現在起きているのは、その人々による反乱であり、「小さな政府」から「大きな政府」への揺り戻しだと著者はいう。
つまり、米国を中心とした世界はいまパラダイムシフトが起こっているのだ。米国が「市場が一番よく知っている」から「政治家が一番よく知っている」へ、「重要なのは経済だ」から「重要なのは地政学だ」へ転換する中で、日本や他国に対する米国の戦略も変わりつつある。
日本が1980年代から90年代にかけて米国の厳しいバッシングを受けたのは、冷戦が終わり、ソ連という最大の敵がいなくなり、米国が日本を特別扱いする必要もなくなったからだ。そうなると、今最大の敵である「中国」に隣接する日本を、再び特別扱いする理由も見えてくる。
日本の「失われた30年」についても、著者の見方は独特である。日本企業は雇用を切り捨てることができなかった。不作の村で一部の人を姥捨て山に送り、残った人だけが豊かになる道ではなく、村人全員が少しずつやせ細りながら生き延びる道を選んだ。生産性という数字だけで見れば、これは失敗だったのかもしれない。しかし、社会の安定を守るという意味では、日本なりの選択だったともいえる。
そして今、日本ではいよいよ人手が足りなくなり、企業は賃金を上げざるを得なくなった。政府が産業政策や安全保障に深く関与する時代には、製造業、技術、人材、社会の安定といった日本の強みが、再び価値を持つ可能性がある。
2023年の東証によるPBR改革の旗が振られてから、TOPIXは2倍近く上昇している。これは主に日本企業の変革、つまり国内事情に期待した面が強いように思う。ここで指摘されているパラダイムシフトによる日本株の上昇はこれからも続くのか。実に興味深い。ただしこの本、2024年12月刊行なので、さらにパラダイムシフトが進化している可能性がある。その辺は注意して読みたい。
★★★★☆
2.「経営者による業績予想の開示戦略」鈴木智大 著 中央経済社

日本の上場企業には、四半期ごとの決算開示が定着している。
投資家にとってはありがたい一方、作成する企業側の負担は相当に重い。2024年4月以降、第1・第3四半期については、金融商品取引法上の四半期報告書が廃止され、取引所規則に基づく四半期決算短信に一本化された。重複作業は減ったものの、年4回の決算対応が大仕事であることに変わりはない。
折しも米国では、四半期報告を半年ごとに変更できるようにしようという議論まで始まっている。企業の事務負担や短期業績偏重を軽減すべきだという考え方である。
さらに、日本では9割以上の企業が時期業績予想を開示しており、欧米とは大きく異なる開示慣行となっている。
そこで浮かぶのが、「企業は業績予想を単なる見込みとして出しているのか、それとも何らかの意図を持って戦略的に出しているのか」という疑問である。
本書は、経営者による業績予想の「クセ」を、膨大なデータを使って学術的に分析した研究書である。
投資家として企業を見ていると、「この会社は最初に低めの数字を出し、後から上方修正することが多い」とか、「この会社の期初予想は、いつも少し強気だ」と感じることがある。
しかし、それは単なる印象なのか。あるいは、経営者が投資家や従業員の反応を考え、意図的に予想を使い分けているのか。本書は、なんとなく感じていたことを、データによって確かめようとする。地味に見えるが、なかなか面白い試みである。
業績予想の開示戦略は、大きく二つのタイプに分けられる。
一つ目は、期初に保守的な予想を出し、その後、上方修正するタイプである。
これは「期待マネジメント型」と呼ばれる。投資家やアナリストの期待水準をあらかじめ低めに誘導し、最終的にその予想を上回る業績を達成することを目指す。新型コロナ禍を経て先行きの不確実性が高まった時期には、特に保守的な予想を出し、後から上方修正する企業が増えたという。
市場では、予想どおりの好業績より、予想を上回る業績の方が評価されやすい。「期待を上げすぎず、最後に上回る」というわけである。
アナリストに継続的に見られている大企業ほど、この期待マネジメントを行う傾向が強いらしい。確かに、機関投資家との面談が多く、コンセンサス予想が形成されやすい企業にとって、「市場が何を期待しているか」は無視できない。
もう一つは、期初に高い目標を掲げるものの、最終的には未達に終わるタイプである。
単に見通しが甘い、と片づけたくなるが、こちらにも経営上の目的がある。心理学でいう「目標設定理論」では、適切に高い目標を設定した方が、従業員の努力投入量が増え、成果も高くなるとされている。
つまり、業績予想は投資家に向けた情報であると同時に、社内に向けた目標でもある。あえて強気の数字を掲げ、従業員のやる気や努力を引き出そうとしている可能性がある。
この傾向は、アナリストのカバレッジが少ない中小企業で比較的強いという。市場の期待を細かくコントロールする必要性が低い分、業績予想を社内の目標管理に使いやすいのかもしれない。
同じ「会社予想」であっても、大企業にとっては市場とのコミュニケーション手段であり、中小企業にとっては組織を動かすための経営目標となる。その目的が違えば、予想数字の作り方も当然変わってくる。
企業の業績予想を見るとき、数字が高いか低いかだけでは十分ではない。その会社が過去にどのような予想を出し、どの時点で修正し、最終的にどの程度達成してきたのか。予想と実績の間にある「クセ」を見る必要がある。
結論からいえば、「やっぱり企業は戦略的にやっていたのか」というのが正直な感想である。
なんとなくそうではないかと思っていたことが、データによって裏付けられる。学術書なので決して軽い読み物ではないが、企業のIR担当者はもちろん、アナリストや投資家にとっても、会社予想の見方を一段深めてくれる一冊である。
★★★★☆


