AIが翻訳作業をどれだけ効率化するのか、実際に試してみた
- 4月2日
- 読了時間: 5分
最近、5〜6年にわたって付き合いのある取引先から、率直な相談を受けた。
「AIで翻訳してもよいので、単価を下げられないか」
いま、この発想は珍しいものではない。AI翻訳がここまで精度を上げてくると、そう考えるのはむしろ自然である。AIを使えば早くできる。早くできるなら安くできる。理屈としてはもっともである。
では、本当にそうなのであろうか。
感覚で反論しても意味はないので、実際に試してみた。テーマはシンプルである。AIは翻訳作業度どれだけ効率化するのか、だ。
まず、英語を日本語にする翻訳で試してみた
今回比較したのは、私が日常的に扱っている英文和訳である。実際に3通りの方法でAIを使ってみた。むろん翻訳文書は全部異なるが、難易度等は概ね同じものにした。
1.AIに翻訳させ、その訳文を人間が校閲する
2.人間が翻訳したものを、AIに校閲させる
3.人間が翻訳し、翻訳した人が校閲する
結果は以下の通りであった。
1.AI翻訳+人間校閲:1時間当たり375ワード
2.人間翻訳+AI校閲:1時間当たり366ワード
3.人間翻訳+校閲:1時間当たり320ワード
正直もう少し大きな差がでるかと思ったが、実際はわずかだった。AIを使うとたしかに作業時間は縮まるが、劇的な改善というほどでは正直ない。

なぜ、思ったほど速くならないのか
1.のAI翻訳+人間校閲の問題点はいくつかある。AIの訳文は、一見うまくみえる。この「一見」というところが非常に落とし穴なのだ。
1.それらしく訳すが、原文から平気で離れる
AIの訳文は、ぱっと見ではよくできている。文章も自然で、流れも悪くない。しかし、よく見ると原文の意味から少しずれていることがある。
しかも厄介なのは、露骨に間違っているのではなく、もっともらしくずれている点である。これが最も時間を奪う。
自分で訳した文章であれば、どこをどう解釈したかが頭に残っている。しかし、AIの訳文にはその思考の跡がない。そのため、結局は原文に立ち返り、一つひとつ照合し直すことになる。
速くなるどころか、「本当にこの訳で大丈夫か」と疑いながら読む時間が増えるのである。まさに翻訳版「ウォーリーを探せ」なのだ。
2.正確さより、読みやすさを優先する
AIは、読ませる文章を作るのが得意である。悪く言えば、意味を少し丸めてでも、きれいにまとめてしまう。
一般的な読み物であれば、それがプラスに働くこともある。しかし、金融やIRの文章では話が別である。求められるのは、気の利いた言い換えよりも、意味の正確さだからである。
読みやすい。しかし、よく見ると少し違う。この「少し」が致命傷になり得る分野では、AIの“うまさ”は時にノイズになる。
3.文章全体の構造を見て組み替えるのは苦手である
翻訳は、文を順番に置き換えるだけの作業ではない。前後の論理を見ながら段落の流れを整え、場合によってはパラグラフの位置を入れ替えることもある。
このあたりになると、AIはまだ弱い。単文レベルではそれなりにこなしても、文章全体の設計図を見直す作業は、やはり人間の領域である。
では、2.の人間が翻訳して、AIに校閲させるパターンの問題点はどうだろうか。
1.誤訳がそのままになることがある
AI校閲は、文法ミス、スペルミス、不自然な表現の検出は比較的得意である。しかし、原文との対応関係を深く検証する力には限界がある。そのため、人間の翻訳に含まれる微妙な誤訳、ニュアンスのずれ、論理の取り違えを見逃すことがある。
2.「もっともらしい修正」をしてしまう
AIは、誤りを正すというより、それらしく整える方向に動きやすい。その結果、意味は合っているのに表現だけを書き換えたり、逆に原文に忠実な訳文を勝手に意訳したりすることがある。つまり、品質向上ではなく、単なる“書き換え”になるリスクがある。
3.用語の統一が不安定である
用語集や既存訳があっても、AIは必ずしもそれに従わない。とくに金融、法務、IRのように用語の一貫性そのものが品質の一部である分野では、この不安定さは大きな問題になる。実際どんなに用語集やトーンをプロンプトに織り込んでも「まちがえちゃった、てへぺろ」と言われるケースが多発する。
4.文体やトーンを崩すことがある
人間が意図して整えた文体、たとえば硬めのIR文書らしい調子や、簡潔で引き締まった英語を、AIが「より自然」にしようとして崩すことがある。その結果、文法的には正しくても、その文書にふさわしくない英文になることがある。また、同じ言い回しを頻出するのもAIの癖かもしれない。

結局、AIで翻訳はどこまで効率化するのか
結論を言えば、部分的には効率化する。しかし、クライアントが期待するほどではない。
特に、非ネイティブ言語を訳出する場面では、下書きとしてAIを使う意味はある。ゼロから書くより、文法やスペルミスといった基本的な部分で作業を速く進めることもあるだろう。
ただし、その分、校閲には時間がかかる。一見整っている文章ほど、意味のずれや不自然さを見落としやすいからである。
そのため、一定以上の品質を求める翻訳において、AIを使えば作業効率が2倍、3倍になるかといえば、それほどでもない。むしろ、速くなったように見えて、最後は人間が帳尻を合わせている、というのが実感に近い。
AIで劇的に安くなる、とはまだ言い切れない
AIは便利である。これは間違いない。使わない理由も、もはやない。
しかし、AIを使うことが、そのまま価格を下げられることを意味するわけではない。少なくとも、正確さ、読みやすさ、用語の統一、文脈の理解まで求められる翻訳では、話はそれほど単純ではないからである。
翻訳の価格は、文字を置き換える作業量だけで決まるものではない。どこまで意味を守るのか。どこまで自然な文章に仕上げるのか。どこまで責任を持って品質を担保するのか。本当は、そこにコストがかかっている。
AIで作業の一部は軽くなる。それは確かである。しかし、品質まで自動化されたわけではない。この点を見落とすと、「AIを使っているのに、なぜ安くならないのか」というクライアントの無茶ぶりに疲弊することになる。
かくいう私は、AI翻訳のなかに潜むウォーリーが大問題を起こして、「やっぱり人間も大事だよね」と言ってもらえることをひそかに期待しているのである。
2026年4月2日



